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沿革

朝日は1910年(明治43年)8月、青木繁が28歳の時唐津で制作されました。
水平線から朝日が昇る。しかし晴れやかさがなく夕日のように見える。彼は死を予感し、この世で果たせぬおもいを画面に込めたのでありましょうか。その後結核の病状悪化により死亡したため、大作としては絶筆となりました。
この絵は多額の療養費を拠出した旧小城中学校美術教師平島信氏、当時の校長国井清音氏等の意向により同窓会(黄城会)の所蔵となりました。現在管理は佐賀県立美術館に委嘱してあります。 

(元小城高等学校美術教諭 金子剛氏の論稿より)

沿 革

西 暦 年 号 学校名※ 本  校  沿  革
1899 明32・4 (中) ・佐賀県立第一中学校小城分校創設 教諭6名、生徒102名
1901 明34・6 (中) ・佐賀県立佐賀中学校小城分校と改称
・寄宿舎新築
1902 明35・4 (中) ・小城分校独立、佐賀県立小城中学校創立
1902 明35・6
・初代校長に瀬川彦四郎就任
・生徒数314名
・さくらに「中」を校章とする
1905 明38・8
・同窓会組織「黄城会」結成
1908 明41・4 (女) ・小城、晴田、岩松、三里、三日月の一町 四箇村学校組合立小城女学校開設
・校長に五郎川一郎就任
1910 明43 (中) ・青木繁、「朝日」を学校に寄贈
1911 明44 (中) ・黄城会々報(第一号)発行
1914 大3 ・4 (女) ・小城町外五箇村組合立小城実科高等女学校と改称
1915 大4
・黄城会々報(第五号)発行(名簿形式となる)
1920 大9 (中) ・黄城会寄付、柔道場落成
1921 大10・4 (女) ・組合立小城高等女学校と改称
1924 大13・1 (女) ・県立に移管、佐賀県立小城高等女学校と改称
1929 昭4 ・5 (中) ・寄宿舎廃止
1937 昭12・12 (女) ・校歌「天山のみ山たふとみ」制定
1939 昭14・5 (中) ・校歌「窓べに仰ぐ天山の」制定
1942 昭17 (中) ・「黄城会名簿」(第28号)発行
1948 昭23・4 (中) ・中学校、女学校統合、佐賀県立小城高等学校に成立
・男女共学実施・定時制(昼間)発足、定員100名(農業科50名、家庭科50名)
1948 昭23・11
・旧中学創立50周年記念式典
1952 昭27
・「黄城会名簿・高校第1号」発行
1953 昭28・4 (定) ・牛津分校開設、定員50名
1954 昭29・4
・多久分校開設、定員50名
1957 昭32・4
・生徒数、全定合計2,440名となる(戦後最大の規模)
1959 昭34・11
・創立60周年記念式典
1963 昭38・5
・牛津分校独立、牛津高校となる
1964 昭39・4
・家庭科の生徒募集廃止
1966 昭41・2
・多久分校閉校式挙行
1989 平元・9
・黄城会教育会館竣工
・同窓会館(樟影会館)解体
1999 平11・10
・創立百周年記念式典
2000 平12・3
・「黄城会名簿・高校第9号」発行
2009 平21・7
・黄城会会報「黄城」のリニューアル
平21・10
・創立110周年記念式典
2010 平22・10   ・黄城会ホームページリニューアル
       

※(中)− 中学校 (女)− 女学校 (定) - 高校定時制の略